自立心を育てる

(幼児教育において、ピグマリオン教育メソッドは暗記などの解答能力を身につけるような考え方ではなく、問題解決能力や創造力を身につける事を目指しています。ピグマリオン教育メソッドや伊藤先生の幼児教育の考え方などを随時掲載致します。)

「自立心を育てる」

「自立、自立」とかけ声や心構えだけでは自立の獲得はできません。自立には段階があって肉体的自立⇒精神的自立⇒知的自立という順に段階を追ってレベルアップしていきます。だから、自立の順番を無視して思考カ・創造力を育成しようとしても効果がありません。肉体的・精神的に自立していない子供には創造力など持つ必要がありません。それは親に依存している子供は考えたり創造したりしなくても親が代わりに考え・判断してくれるので、考えたり判断したり創造したりする必要がないからです。必要がないものを発逹させることは無駄ですので、自立していない子供には創造力がつかないのです。

自立するには精神的なものと肉体的なものの両面からの指導が必要です。知的自立、つまり自分で考えて自分で解決する能力を育てるにはその前に精神的に自立していないといけません。それは同時に肉体的にも自立しているということです。肉体的自立では指先の調整能力の前に粗大運動能力の十分な発達が必要です。また、ハサミで切ったり折り紙を折ったりしながら両手でする能力も必要です。それらができるようになると、精神的自立ができるようになり知的自立への道が開かれます。

また精神的自立には、親に深く愛されている、魂を抱きしめられているという自覚が必要です。愛されているという自覚が他者からの信頼が自信となって、他者への信頼を生むもととなります。それは最後には他者へのやさしさや愛情として還元されていくもとになるのです。

早く生まれすぎた動物

(幼児教育において、ピグマリオン教育メソッドは暗記などの解答能力を身につけるような考え方ではなく、問題解決能力や創造力を身につける事を目指しています。ピグマリオン教育メソッドや伊藤先生の幼児教育の考え方などを随時掲載致します。)

「早く生まれすぎた動物」

「人間がここまで進歩してこれたのは、何故か?」という質問に対する答えの一つに「早く生まれすぎた動物だから」という答えがあります。動物の中には生まれてすぐに立ち上がるものがいたり食べ物を自分で捜しだしたりするものが多いのですが、ヒトは立つのに約1年、食べ物を捜すにいたっては何年もかかります。こんな厄介でひ弱で生きる能力を持たない動物は他にはいません。
そんな動物が他のどのような動物にも勝る発展をしてこれたのは、生きる為に必要な能力のほとんどを生まれてから育つ環境に合わせて創りあげてきたからです。狼の中で育てばオオカミにもなれるのがヒトの持つすばらしい潜在能力なのです(オオカミに育てられたアマラ・カマラの例)。

人間の持つ潜在能力は生きんがために数々の刺激に応じた反応を繰り返し、それが対応となり後天的な能力を創りあげることになるのです。つまり脳への刺激のされ方に応じた能力ができあがるのです。

このようにヒトは後天的に能力を創りあげていく生き物なので、能力は育った環境に大きく左右されることになります。普通であれば、自然状態であれば、必要な能力は自然に苦労せずに育つはずです。しかしながら現在幼児に与えられている環境は非自然的環境、つまり人工的な環境であり、そのままでは広い視野も指先の調整能力も育ちにくい環境なのです。ですから何か遊び道具を使って指先の微妙な調整能力を育てる必要が出てくるのです。

両手を使うことの大切さ

(幼児教育において、ピグマリオン教育メソッドは暗記などの解答能力を身につけるような考え方ではなく、問題解決能力や創造力を身につける事を目指しています。ピグマリオン教育メソッドや伊藤先生の幼児教育の考え方などを随時掲載致します。)

「両手を使うことの大切さ」

精神的にも知的にも自立していない子供は片手で物を処理しようとします。ボタンをとめるにしてもズポンをはくにしても片手ではなかなか上手に出来ません。食事をするにしても鼻をかむにしてもハサミで紙を切るにしてもひも通しをするにしても片手では出来ません。図形遊びの時に片手でものを置こうとする子供は、今まで片手の生活をしてきた子供だと考えられます。片手のみで物に触る子供のもう一方の片手は(実際はそうでなくても)心で親の手や体や服を握っているのです。そして親とつながることによって肉体も精神も頭も耕の一部となっているのです。物事は両手でしなければ上手に出来ませんので、親が片手を貸して物事を処理してきたのでしょう。つまり肉体も精神も頭もまだ自立していないのです。自立する必要がなくて生きて行けるならば、絶対に自立しません。必要があるからこそ能力が育成されるのですから。

指先の能力を高い能力とするためには、両手を使った遊びをさせることが大切です。両手の関係の中で一つのことができあがるという事実が、目と手を協応させて能力を全開させて物事を完成させるという経験が、関係の中で生きるという体験の基礎となるのです。

あらゆるものは関係の中で存在しているのです。分断したり部分として見たりすることは、言葉の正しい意味で片手落ちです。(知識の教育がここにおいても、片手落ちの教育であることがわかります。)正しく物事を行うためには片手落ちになってはなりません。両手を使うことが、つまりは全てを使うことが必要なのです。

指先の調整能力の前提、粗大運動能力の発逹

(幼児教育において、ピグマリオン教育メソッドは暗記などの解答能力を身につけるような考え方ではなく、問題解決能力や創造力を身につける事を目指しています。ピグマリオン教育メソッドや伊藤先生の幼児教育の考え方などを随時掲載致します。)

「指先の調整能力の前提、粗大運動能力の発逹」

ヒトは高等なサルですが、サルとの違いの中で2足歩行ができる、つまり足で歩けるということがあります。しっかり2本足で歩けないと手が自由にならず、手を使うことから生じるいろいろな刺激・体験・感性・自信といった精神的な発達が損なわれることになります。歩けるようになっているのに〈抱っこ〉などはなるべくしないようにしてください。
指先の微細な調整運動能力とは違って、粗大な足や手の運動能力を粗大運動能力と呼んでいます。この粗大運動能力がしっかりと育っていることが指先の運動能力とともに大切なことです。
ここで3歳児迄の〈粗大運動能力〉の発達について説明しておきますと、

1歳で、
①鉄棒にぶらさがる
②すべり台をすべる
③ものをつかんで投げる
④歩けてもよく転ぶ

2歳で、
①1時間以上も歩けるようになる
②高いところから飛び降りる
③ボールを投げる・ける
④三輪車をこぐ
⑤プランコにたって乗る
⑥足を交互に出して階段をあがる

3歳で、
①片足ケンケン
②でんぐりがえりができる
④階段の2~3段目から飛び降りる

以上の事が出来るというのが標準発達段階と言われています。
もし出来るべき時期に出来ないと出来ない原因がある訳です。その原因は能力を伸ばすチャンスに恵まれなかったという事につきます。どのような理由にしろ、能力を育成するチャンスがなかったから能力がついていないだけですが、ある一定の時期を越えても能力が育成されないと得手不得手の原因になります。

指導の順序は歴史から学べ

(幼児教育において、ピグマリオン教育メソッドは暗記などの解答能力を身につけるような考え方ではなく、問題解決能力や創造力を身につける事を目指しています。ピグマリオン教育メソッドや伊藤先生の幼児教育の考え方などを随時掲載致します。)

「指導の順序は歴史から学べ」

さて、幼児の能力の発達は人類が歴史的に獲得してきた能力の順序とも深い関係をもっています。例えば、ヒトは次のような動物でもあります。能力的にも精神的にも必要十分条件を満たしていないと、外見はヒトでも内容が人間として育っていない幼児だと考えて間違いないでしょう。

(1)二本足で直立歩行できる。
ヒトは本来、人間になるに必要なすべてのものを遺伝子に保存しています。だから、歩けない間にも次の発達の用意がなされているのです。また、歩けるようになったらしっかりと歩かせることが必要であることは前にも述べましたが、歩くというのは体力をつけるためだけに必要なだけでなく、外界と触れ合う機会を多くし観る力の獲得や指先能力の向上、言語能力の獲得にも不可欠な経験なのです。

(2)凝視力をもっている。
猿は樹上生活を営むことにより、地面の上を平行に移動する他の動物とは違った広がりのある視野を持つことになりました。木と木の間を跳び移るのに焦点を合わせる必要があったりして、しっかりとものを見る必要が生じたのでしょう。1 〜2オまでの子どものなかに、目の焦点があわない幼児がいますが、彼らのほとんどに落ち着きがありません。焦点が合わないのでイライラするのでしょつ。しかし、これはトレーニングによってすぐに直すことができます。凝視力もまた、心と知的能力の発達を左右するものです。

(3)指先が発達している。
例えばアイアイなど、見ただけでは猿と区別しにくい下等な原猿類も、物を握れることによって猿の仲間に入るのです。しかし、もっとも高等な類人猿(チンパンジー)でも、親指と人差し指は対向できません。つまり、親指と人差し指をくっつけて物を器用につまめないのです。親指と人差し指を対向させて、〈道具を使って、道具をつくる)という能力を唯一発揮させることができるのがヒトの特徴なのです。

(4)言語が発達している。
ヒトの喉だけが他の動物とは全く違う複雑な音を出せます。それは、3ヵ月児前後になると喉が変化して母音が出せる構造になるからです。この母音を出して複雑な音の違いや変化をもたせることができると、認識においても表現においても他の動物とは隔絶した知的能力の前提条件ができあがるのです。

(5)数論理能力が発達している。
数論理能力は外界を数量的に認識するというためには不可欠な能力です。鳥や動物のなかにも、5〜8程度の数を理解しているものもあるという話がありますが、それと人間の数論理能力には何の関連もありません。数能力は人間の諸能力の中でも最終段階に獲得する能力かと思われます。それは原始的な生活を送っているアマゾンの民族が「1と2と、たくさん」の数世界で生きているということからも想像できます。社会の進歩や知的発達が数論理能力の発達を促してきました。歴史的にみても帝国というものができたりアラビア商人が活躍したりした時期に、数学の発達が著しいという事実もあります。しかし、現代においては数能力は学校教育の算数や数学としてではなく、人間が生きていく上において欠くことができない認識能力になっているのです。そして数論理能力の獲得は、高い能力と心を同時に育てる可能性を持ちます。つまり、数論理能力を思考カ・創造力などと同時に獲得させ、関係の中で考えたり創造したりする中で、静かで落ち着いた心や、関係の中で生きる心、つまり同情心や思いやり、つまりは優しさを育てる契機とするのです。

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